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2021の10大リスク
1.macleans.ca

                 写真:(www.macleas.ca)
【蛇足的まえがき】
 1月20日、第46代大統領ジョー・バイデンの就任式が首都ワシントンの連邦議事堂で開催された。超党派の議員で構成された、就任式実行委員会は式のテーマを「民主主義の堅持、国民の団結を鍛え上げる」と決定した。
これを受けて、就任演説でバイデンは米国の分断は深い、国民の結束を取り戻すことに全霊を注ぎ、全ての国民の大統領になる、と誓った。
 一方、去り行くトランプは就任式に参列せず、この日、ワシントン近郊のアンドルーズ空軍基地での送別式に出席後、大統領専用機でマイアミの別荘へ飛び立った。就任式後、新任大統領は、去り行く前大統領を大統領専用ヘリコプターまで見送るセレモニーが行われるが、今回は見送られる人がいなかったので、セレモニーはなかった。
2.YouTube

                写真:(www.youtube.com)
 今月6日、バイデン次期大統領の当選を正式に確定させる、両院合同会議が開催中の議事堂に、「私は負けていない」と主張するトランプの支持者たちの議事堂襲撃、占拠事件が起こり、米国の議会民主主義に大きな汚点を残した。これを機に共和党支持者さえ、同氏を見限り出した。
トランプは大統領執務室のデスクにバイデンへの送別の手紙を残した、とホワイトハウスの報道官が明らかにしたが、内容は明かさなかった。有名なのは、ジョージ・ブッシュ(父)がクリントンへ残した、送別の手紙である。その中でブッシュは、クリントンを「貴方は我々の大統領になるだろう、貴方の成功は我国の成功である」と記していた。

 大統領就任式は感動的だった。登場人物も「サラダボールのような米国社会」を象徴する、白人、アフリカ系、ラテン系の判事、歌手、カトリック教神父、そして南アジア系の女性副大統領と多種多様で、国民の融和、団結を印象付けることに成功した。
コロナウイルス(米国ではCOVID-19)のパンデミック最中の米国は、コロナ関連の死者が40万人に達した。こんな時期に世界最強の国家のかじ取りを任された、バイデン新大統領の前途は決して容易いものではない。詳しくは下記のEurasia グループのレポートをご覧ください。ただし、このレポートが発表されたのは1月4日で、その2日後、トランプ支持者たちによる、議事堂襲撃事件が起こったことを付け加えておきます。
(テキサス無宿記)

アメリカ便り 「2021の10大リスク」
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 毎年1月初頭、世界最大の政治リスク専門コンサルティング会社である、政治学者のイアン・ブレマー率いるユーラシア・グループ(Eurasia Group)は、世界が直面する、その年の10大リスクを発表するのが恒例になっている。以下、ユーラシア・グループのTOP RISK 2021(2021年の10大リスク)をご紹介したい。ただし、各リスクの詳細は長文になるので、1位の46* (第46代アメリカ大統領)だけでご勘弁頂きたい。
なお、*は46を強調するために付け加えられた、ものである。

 2021年1月、世界の民主主義国家の中で最強の米国は、最も分断され、かつ最も経済的に不平等な国でもある。その米国の最も強力な競争相手の中国は国家資本主義で強権的、そしてテクノロジー監視社会であり、G20の多くの国々から不信感を持たれている。ドイツと日本は、より安定しているものの、数十年ぶりに出現した、両国の強力なリーダーたちが退任したり(安倍前総理)、今まさに退任しようとしている(メルケル首相)。
ロシアは衰退しつつあり、自国の困難を米国や西側のせいにしている。そして、世界全体はかつて経験したことのないレベルの最悪の危機的状態の真っ只中にある。

 その上、世界は世界的なCovid-19のパンデミックの真っ只中で苦悩している。かつてはこのような世界的危機に遭遇すると、世界のリーダーたちが協力したものだった。9・11や2008年の世界の金融危機の際にはおおむねそうなった。これらの危機は今回よりは小規模だったが、地政学的な秩序においては、足並みがそろっていたし、米国も政治的に機能していた。だが、今回はまったく違う。 
 2020年が新型コロナウイルスへの医療対策に終始した(そして多くの国が対策を誤った)ように、2021 年はワクチンの供給が始まり、医療崩壊の危機が薄れるのにも関わらず、新型コロナの執拗な症状や傷あと(債務負担と政治的不和)への経済的対応に追われる年になるでしょう。経済問題が前面に押し出される中、政治モデル、貿易のルール・基準、あるいは世界の制度的枠組について、どこを目指すべきなのか、 そのグローバルなリーダーシップが見られません。 

過去数十年にわたり、世界は危機に見舞われた時には、安定を取り戻すための舵取りを米国に求めてきました。しかし、米国という世界の筆頭超大国は、失業や経済成長の欠如、バイデン次期大統領の政治手腕 や年齢、共和党の将来、さらには米国の政治モデル自体の正統性についてなど、自国に多くの重大な課題 を抱えています。今年は、戦後初めて、米国の外交政策の信頼性と、内政改革の持続性が問われる年になるでしょう。 

真っ二つに引き裂かれた超大国は、簡単には以前の状態に戻れません。世界最強の米国でこのように 深刻な分断が起きているということは、世界全体が問題を抱えることでもあります。その結果として、地政学的リセッション、そして私たちのGゼロの世界はさらに深刻化するのです。 
ユーラシア・グループによる、今年の10大リスクは下記の通りである。
1.*46(第46代米国大統領バイデン)                       
2.コロナ後遺症
3.気候変動問題                   
4. 米中緊張の拡大
5.グローバル・データの報い              
6.サイバー空間の紛争
7.孤立するトルコ                    
8.原油安にあえぐ中東
9.メルケル後のヨーロッパ                
10.混乱が続く中南米
米国大統領が世界の直面する、今年の1十大リスクの1位とはただ事ではない。
紙面の都合で今回は1位のみのご紹介でお許し願いたい。

10大リスク第一位 46* (第46代アメリカ大統領)
 ジョー・バイデンは、2020年の大統領選挙で勝利し、1月20日に第46代アメリカ大統領として就任した。彼は米国の大統領候補として 306票の選挙人票と、史上最多の8,000万超の一般票を獲得した。 しかし、ドナルド・トランプ大統領が自分の勝利を盗み取られたと主張し、選挙結果の受け入れを拒否したことは、米国史上例がなく、 米国の深い分断、かつそれが今後も続くであろう事態を浮き彫りにしている。

 トランプ自身も、7,400万票という米国史上2番目に多い一般投票数を獲得した。また、 州知事や上下両院議員を選ぶ「ダウン・バロット」において、共和党は下院の議席数を 増やしただけではなく、全米各州の知事選、議会選挙で重要な勢力拡大を実現した。 またトランプは、選挙の数日前に、故ルース・ベイダー・ギンズバーグ判事の後任にエイミー・コニー・バレット判事を据えるなど、最高裁を保守派で固めることにも成功した。 以上を踏まえると、バイデンは、1976年のジミー・カーター以来、最も弱い国民の付 託を受けたアメリカ大統領となるだろう。彼が2期目に立候補すると考えている人は、 政界観測筋の中にはほとんどいない。 大学教育を受けた都会人の集まりという色合いを濃くしつつある民主党にとって課題 となるのは、トランプ人気が彼の最も声高な支援者だけではなく、それをはるかに超える数の人々へまで広がっているという事実である。トランプが今回獲得した票は、2016 年の選挙時よりも1,100万票も多く、また多くのヒスパニックや黒人層を含む前回より 広範囲な選挙連合を確立した。その連合の大部分の人は、敗北を認めない彼の姿勢を、民主主義という規範に対する攻撃ではなく、勇気の表れであると考えている。共和党の長老たちの多くは、決してトランプを好ましく思ってはいないが、政治の世界においては世論こそが「基軸通貨」であり、彼は共和党でも飛び抜けた人気と影響力を誇 る人物として任期を終えることになるだろう。

選挙証明を遅延させる、あるいは脱線させようとする議員よりの最後のプッシュは、米国で今後何が起こるかを想像させる予兆となる。トランプ支持者のうち、相当数が彼に忠実である限り、その影響力は延々と続き、 共和党指導者たちは、トランプ支持者を失わないように彼を支援していかざるを得な いだろう。彼らにとって、バイデンは「#NotMyPresident」(私の大統領ではない)であり、正統性を欠く大統領と見なされる。

 トランプ・ブランドに忠実な、怨念を抱える反対勢力に直面するバイデンは、「普通の」 ねじれ状態にある政府のなかで国を統治するよりも、さらなる困難を伴うことになる。 切実に実施が求められている大規模な景気刺激策も、医療制度の見直しも行われない。 また、連邦最低賃金の引き上げ、新たな投票権法、フィリバスター(議事妨害)改革など、 民主党が躍進していれば可能だったはずの諸変革も不発に終わる。増税や新たな規制 の妨げになるため、市場は概して分割政府を歓迎する。しかし、膠着状態は以前より悪 化し、共和党はバイデンによる裁判官の任命を阻止し、中道左派の政府職員の任命を遅らせ阻止して、重要な機能を担うホワイトハウス直属機関の業務を滞らせることになる。

 バイデン支持者は、強情で頑迷なトランプ支持者連合の抵抗により麻痺状態に陥った議会を批判し、合法性の疑わしい行政措置を一方的に取るよう大統領に促す。反対派は、 バイデンが大統領令を行使すれば、野党の見解を無視して権力を過度に行使したと非難する。実際には、党派的命令による統治はオバマそしてトランプの時代から常態化しているが、給付金制度の改革、医療保険制度の拡充、所得格差の是正、税法の簡素化といった主要な課題は、時間の経過と共にさらに対処が困難になるだろう。国の二極化が進行するにつれ、衰退していく民主主義上の制度的枠組・組織が、根本的な問題を解決するために必要な妥協を成立させる可能性は低くなっていく。 
abc57

               写真:(www.abc57.com)
 もしワクチンの供給が期待どおりに進み、パンデミックが収束し、経済が不況から力強く 脱した場合、バイデンは共和党相手に、ある程度の政治的資本を獲得できるかもしれない。
しかし、米国史上において最も野心的なワクチン投与計画を実施すること自体が、 大きな試練である(10大リスク No.2:「コロナ後遺症」を参照)。ワクチンの展開が失敗し、 2021年に入っても長く米国全体の医療と経済双方の緊急事態が継続する場合、 共和党はさらに反対姿勢を強め、態度を硬化させると予想される。

 「注釈付きの第46アメリカ大統領」にまつわる主なリスクは米国内のリスクだが、党派 間紛争の成り行きは、米国の国境を越えて影響を及ぼす。(米国側の加担もあったとは 言え)自国の技術的進歩と経済的進歩のために、何十年にもわたり米国の知的財産や 労働力を搾取してきた中国に処罰を与えたいと願う共和党と民主党の共通の願望を除けば、両党は、国の対外政策の目的については、お互いのみならず党内でも激しく 意見は対立している。一方、連邦政府が新型コロナウイルスへの対処を誤ったことで、 米国の同盟諸国は、今回のような健康上・経済上の危機に対処する能力が欠如していることを露呈した米国に、世界秩序を取り戻すというはるかに骨の折れる仕事を託すことができるのか、またなぜ託さなければならないのかと問わざるを得なくなっている。 バイデンは、米国を再び世界の調整役に仕立て上げようとするだろう。しかし、二極化が進み、国内の危機管理ができない米国は、バイデンが期待するほどには新たな信頼を呼び覚ませないであろう。 

 また、トランプの支持基盤の規模及び彼の政治連合の層の拡大を考えると、同盟国や その他の協力国は、4年後に「アメリカ・ファースト」を標榜する大統領が再び就任し、バイデン政権が作り出した重要な公約やコミットメントを反故にする可能性を考慮する必要がある。そのためバイデンにとっては、上院での長い経験を生かし、彼の民主党前任者で元ボスのバラク・オバマがなし得なかった、対外政策に関する超党派の賛同を獲得することがいっそう重要となる。

 政治的な二極化が恒久化することと世界的に整合性が取れなくなっていることは、あまり嬉しい事実ではない。しかも、大統領という地位の正統性が恒久的に失われれば、どちらの現象もさらに顕著になると予想される。実は、昨年の大統領選に不正があったと公言しているのは、トランプや彼の代わりに公の場でコメントする有力なサロゲート(代弁者)たちだけではない。選挙後の調査に回答した共和党員の70%が、「自由で公正」な選挙ではなかったと述べている。同じ反対派でも、バイデンが選挙で不正を行ったと信じる人々は、単にトランプの勝利を望んでいただけの人々よりも、はるかに強硬な反対派になるだろう。 

 要するに、ロシアの手先の暗躍により実現したと多くの民主党員が信じているトランプ政権の後に続くバイデン政権は、米国の政治の暗い時代の幕開けとなる。すなわちバイデンを、米国民の約半数、そしてその人たちが選んだ国会議員が、大統領執務室の新しい住人は正統性に欠けると見なすことになる。このような 政治の現実は、今だかつてどのG7諸国でも起こった事はないのだが、しかし実際世界で 最も強大な民主国家でいま起こっている現実なのである。(以上)

参考資料:Eurasia Group/ Top Risks 2021