米国の銃器問題(下)
ライフルと金貨が当たる富くじ
主催は全米ライフル協会
写真:(www.nra.org)
今夏、550万人の会員数を誇る、「個人の銃所有権利保護を目標とする、全米最強のロビイストである、全米ライフル協会(NRA National Rifle Association of America)から「銃と金貨」が当たる、という富くじの知らせが米国の自宅に着いた。
“親愛なるアメリカの仲間へ”という書き出しの「お知らせ」にはこう書いてあった。
「ゴールド・ラッシュが導火線となって、カリフォルニアにはアメリカ史上最大の移民たちがうんかの如く、押し寄せたのだった。しかし、銃と金貨を獲得するために、射撃競技と狩猟愛好者である君は何も遠くまで行く必要はない。
我々は君に銃と金貨を獲得できる、チャンスを提供したいと思い、この書面を書いている。」
即ち、全米ライフル協会(以後NRA)の“無料富くじ”に応募すれば、銃と金貨が750人に当たる、という話なのである。書面は続く。
「我々は15丁の有名銃器メーカー製の新型、新品のライフルと15,000ドル(160万円)の金貨を賞品として用意している。9月18日の締め切り前に宝くじに応募すれば、特別に二丁のSig Sauer製の高性能ライフルが当たるボーナス富くじにも応募できる。今すぐ、同封した用紙を使って応募して、銃器と金貨を獲得しよう!」
何とこのレターはNRA主催の「富くじ」への勧誘だった。
富くじ開催の目的
ところで、NRAが富くじを主催する目的は、「お知らせ」の2頁以降にはっきりと記されている。キーワードはこの二つである。
1. NRAへの入会勧誘
2. 銃器所有制限運動への危機感
富くじへの勧誘に続いて、レターにはこう書いてある。「皆さん、我々の銃器を所有する権利を守るために、今すぐNRAへ入会してください。富くじに参加するために入会金を払うとかNRAに入会する必要はありません。しかし、君がNRAへ入会して下されば、邪悪にも君の銃器を所有する権利をはく奪せんと企んでいる、銃器所有規制派の政治家、判事、メディアの大軍勢に対抗している、NRAへの大きな助けとなるのです。
銃器所有禁止法案の連邦議会への提出は、時間の問題です。怒れるメディアは銃器所有規制、禁止に向けて激しい論戦を繰り広げています。彼らは君の銃器所有権利を脅かしているのです。
選挙で選ばれた訳でもないのに、権力を握る判事たちは、銃器所有禁止法案を我々に押し付けようとし、君の銃器所有、携行する権利と自由を奪う、という憲法に反する規制を目論んでいます。
また、過激思想の持主である、億万長者たちも何億ドルもの資金を投入して、州、郡レベルで君の銃器所有し携行する自由の制限を企んでいます。
来年の選挙で銃器所有、携行の自由に反対する敵方がホワイトハウスと上院のコントロールを獲得すれば、彼らは君の銃器所有権利を、待った無しではく奪しようとするでしょう。もし、我々がこの戦いに敗れると、敵方の次なる一手は、合衆国憲法修正第二条の消滅であることは明白です。この一手は確実にアメリカを根本的に変貌させることでしょう。」
とNRAは憲法修正第二条の消滅危機が近いと危機感をあらわにしている。
修正第二条が銃器規制反対の根拠
では、憲法修正第二条とは何なのか?レポートしよう。
アメリカは昔から、一般人がごく普通に銃器を所有、携行している。これは個人が銃器を所有し、携行する権利が憲法によって認められているからである。
即ち合衆国で武装権と理解される、「人民の武器を所有しまたは携行する権利」が合衆国憲法修正第二条(権利章典を含む最初の修正10ヶ条の一部である)として議決され、発効したのは1791年12月のことだった。修正第二条は次の通りである。「規律ある民兵は、自由な国家の安全保障に必要であるから、人民が銃器を所有しまたは携行する権利は、これを侵害してはならない」。
写真:(www.truewestmagazine.com)
この憲法修正第二条がアメリカにおける「銃器規制-gun control」反対の根拠になっている。第二条にある、「民兵」とはラテン語のmilitiaが語源で、正規軍(the military)に対する市民軍または義勇軍を意味する。この市民軍に将校として従軍した一人がデイビー・クロケット大佐だった。インディアンの攻撃から家族、市民を守る市民軍は農閑期と非常時だけ民兵として駆けつける、正真正銘の無給のボランティアが大部分だった。
従って、この武装権は「民兵(市民軍)を組織するための州の権利であって、個人の銃器所有と携行を認めたものではない、とする「集団的権利説」と個人の銃器保有と携行を認めるものである、とする「個人的権利説」の二つの主張が以前から存在した。
しかし、2008年合衆国最高裁判所は、憲法修正第二条は「個人の銃器の所有と携行する権利を認めるものである」との判決を言い渡した。個人的権利説を確認した、この判決は「歴史的決断」と言われている。時の大統領はG.ブッシュJr.だった。
当時の民兵はクロケットがしたように各人愛用の銃器を持って従軍したのであるから、二世紀前は個人的権利説は「道理にかなっていた」のである。
NRAはどんな組織?
写真:(www.capeandislands.org)
NRAと聞いて心に浮かぶのは、この写真のチャールトン・ヘストンである。映画「十戒」のモーゼや「ベン・ハー」を演じたヘストンはNRAの会長としても、つとに有名だった。カリスマ性のあるヘストンの「銃器の所有は憲法で保障された我々の権利である」という雄叫びを聞くと、大方のアメリカ人は、あたかもモーゼの「思し召し」のように思ってしまったのは無理からぬことだった。半自動ライフルや全自動ライフル(機関銃)のような攻撃型銃器(人を殺すための銃)の所有も合法であると力説する、ヘストン会長が振りかざすライフルは旧式も良いところの、デイビー・クロケットが愛用したと同型のものだった。攻撃型新型ライフルを振りかざす「愚」を犯さないところが、ヘストンのマーケッティングだったのだ。
写真:(www.starlocalmedia.com)
さて、1871年創立のNRAは、米国に於ける、銃器所有と使用権利を擁護する、組織である。NRAは1934年から会員に対して、銃器に関する法律の解説を提供し始めた。1975年以降はあからさまに「銃器規制に反対する」ロビー活動を開始した。
そもそも、NRAは射撃技術の向上を目指す組織として創立されたもので、現在も銃器の安全性と能力向上を組織の大きな目的とし,NRAは各種の銃器に関する雑誌を発行し、強力な射撃競技会のスポンサーにもなっている。
NRAの会員には個人と企業会員の両方がある。個人会員は公称550万人の巨大組織であり、年間185億円の会費収入がある他、400億円以上の各種売上がある。
また、歴代9名の大統領が会員名簿に名を連ねているのは、壮観である。
即ち、ウリセス・グラント、テオドール・ルーズベルト、ハワード・タフト、ドワイト・アイゼンハワー、ジョン F.ケネディー、リチャード・ニクソン、ロナルド・リーガン、父ジョージ・ブッシュ(1995年退会)そしてドナルド・トランプである。
更に3名の副大統領、2名の最高裁長官も会員になっていた。その他、連邦、州議会の上下議員にも、多数のNRA会員がいるのは、もちろんである。
企業会員は社名が公表されていないので、詳細は不明だが、銃器メーカー等大企業が各社100萬ドルにも及ぶ年会費または献金を負担している。
政治家、マスコミを初め、世間一般は、NRAはワシントンに於ける、最も影響力を持つ、三大ロビー団体、もしくは「圧力団体」の一つである、と認識している。NRAはILAと略称される、ロビー活動を専門に行う部門を持っている。
ILA(NRA立法活動協会)はPAC(Political Action Committee-政治活動委員会)制度を活用して、NRA政治的勝利基金を設立、選挙の際は連邦レベルの共和、民主両党の候補者に政治献金を行っている。なお、NRAは社会奉仕団体の認可を受け、税金が免除されている。
写真:(www.digg.com)
NRAの歴史を振り返ると、この組織は法律制定に影響力を及ぼすとともに、各種訴訟を起こし、また関与して来た。そして、市、郡レベルから州、連邦レベルに至る立候補者の選挙を支援、もしくは妨害して来た。
この様なNRAの態度は銃器規制派からはもちろん、銃器所有権擁護派、或いは中立的な政治家、政治評論家からも批判を浴びている。
近年、サンディフック小学校、ストーンマン高校等で発生して、いたいけな子供たちが犠牲になる銃乱射事件が起こるたびに、銃器規制に反対し、銃器購買者への総合的調査をも避けようとするNRAは、全国的な避難の集中攻撃を受けるようになった。
「銃器規制」の厳格化を求める、広範な国民の動きに危機感を覚えた、NRAは巻頭にご紹介したように富くじを主催して、会員数の拡大を目指している。しかし合衆国憲法修正第二条が「人民が銃器を所有しまたは携行する権利は、これを侵害してはならない」と規定している限り、個人の銃器所有の禁止、制限は望み薄だろう。
自衛のための拳銃は良しとしても、せめて大量殺人に使用される、半自動ライフル等の攻撃型銃器の所有はぜひとも禁止すべきだと、大方のアメリカ人は思っている。
(終わり)
参考資料:Wikipedia National Rifle Association
Wikipedia Second Amendment to the United States Constitution